【一に勤行  二に掃除  三についしょう  四にあほう】

 
これは、奈良県吉野の金峯山寺蔵王堂から、急な石段
を下った川沿いに鎮座する、

【脳天大神 龍王院】

に飾られているものです。

脳天大神龍王院は、頭を割られた大蛇(金剛蔵王大権現の変化身)
をまつり、 首から上の病気に霊験あらたかと言われております。

そのご真言は、

【オン・ソラソバテイ・エイ・ソワカ】

いわゆる、弁財天様のご真言と同一です。

吉野の水に恵まれたこの地は、水を司る、龍と弁才天様
との関わりが深いのでしょう。

さて、冒頭の画像ですが、そこには、

【一に勤行

二に掃除

三についしょう

四にあほう】

と記されています。

どうやらこれは、過去1300年で2人しか成し遂げてないとされる

【大峯千日回峰行】

を成された、

【塩沼亮潤大阿闍梨】

が書かれたもののようです。

大峯千日回峰行は、大峯山の頂上にある大峯山上本堂までの
往復48キロの山道を1000日間、1日も休まず歩き続けるという
行だといいます。

実際には、1000日間連続というわけではなく、山を歩く期間は
5月から9月であるため 、千日回峰行が終わるまで約9年もの
時がかかるのだそうです。

それは、いったん行に入れば、決して途中で止めることはできず、
もし途中で止める場合は短刀で腹を掻き切るか、紐で首をくくって、
命を絶たなければならないという掟があるほど壮絶なもの。

それを成し遂げられた、塩沼阿闍梨によるお言葉。


【一に勤行

二に掃除

三についしょう

四にあほう】

1、ごんぎょう。いわゆる、今あるそれぞれの役目(仕事)をひたすらに
励む事。

2、そうじ。勿論、空間、そして自身の身も心も綺麗であると
いう状態を保つ事

3、ついしょう【追従】。これは人に喜ばれる言葉を使ったり、
その行動をする事。

4、あほう。自分を捨てる(我を捨てる)という事。

そんな意味だと思います。

人の最終的目的地が、4のあほう(我を捨て去る)
であるならば、この順を追う事により到達できると
いう教えだと思うのです。

仕事(お店)で礼に例え、簡単に言うと、

➀仕事を一生懸命しようと思い、そのように動き出す。

②すると、お店、制服、あるいは営業車や関わるものを
綺麗に保たなければ、お客様が訪れない事に気付く。

③そして、形が整った上で心の籠った応対をする事が、
更なるお客様の来訪に繋がり、感謝の心が頂ける。
(具体的には、ありがとね!とか、美味しかったよ!など)

④すると自然に、ありがとうございます!という感謝の念
が湧き出、それを伝えよう、あるいはその為に頭を下げる
事のできる自分となっている=我を捨てる事ができる。

という訳です。

仕事とは、

4、あほう。自分を捨てるという事。

という地点へ到達する為の手段であるのです。

よく、2代目、3代目のいわゆる跡取りという形での経営者
の方のご相談をお受けします。

【今の状況をもっと良くしたい!】

というご相談内容であれば、恐らくビジネスコンサルタントの
様な方々の所へ行かれるでしょう。

私の所にお越し頂く方は、

【何故私が継がなければならない運命なのか】

【今の仕事は本意ではない・・・】

こんなご相談内容がほとんどです。

赦せない思い。

割り切れない思い。

それらは全て自分自身の思いであり、それらも

【我】

と呼ばれます。

【我】

が自らに存在している以上、その

【我】

から解放されなければ、楽に、幸せにはなれません。

では、

【我】

から解放されるにはどうすれば良いのか。

それを、こんな方程式の様にあらわして頂いたのが、


【一に勤行

二に掃除

三についしょう

四にあほう】

ではないでしょうか。

まずは、

1、ごんぎょう。いわゆる、今あるそれぞれの役目(仕事)をひたすらに
励みましょう。