ひとつ前のブログの続きです。


【日曜日、東京いかへん??】

突然舞い降りたお誘いに導かれるまま、向かった先は、

【赤羽八幡神社】

お誘いくださったその方は、

【関ジャニ8】

の大ファンです。

私はその名前を知るのみで、詳しい知識はなかったのですが、聞くと

関ジャニのファンの人たちを、

【エイター】

と呼ぶ事。

何と関ジャニ8は、メンバーが8名ではなく、7名である事。

そして、

【関ジャニ8】

【8】

の表記は、

【8を横にした、∞を用いて、関ジャニ∞】

だそうなのです。

赤羽八幡神社のHPを是非ご覧頂きたのですが、
右こちら!

古代中国の風水思想に、

【下元8運期】

というものがあり、

それによると、

【2004年2月4日~2024年2月3日までの
20年間が下元8運期】

にあたるのだそうです。

そして、この期間においては、

【8】

という数字は強力な力を持つそうなのです。

なんと、その下元8運を強める色は、私の好きな

【オレンジ色】

関ジャニ∞は、2004年8月25日にCDデビュー。

そのデビューに合わせ「8」を横にした「関ジャニ∞」とし、
「無限大の可能性」の意味を込めたのだそうです。

その後の活躍はご承知の通りですね。

人気が出てきた後に、あるファンがここの神社に∞の印が
ある事を知り、そこから情報が拡散し、いまや、

【エイターの聖地】

とも呼ばれているそうです。

参拝時は、雨模様で少し冷え込んでおり、参拝される方も
ほとんどいらっしゃいませんでした。

しかしそんな中、幸いにも


初宮参りに遭遇する事ができました。

こういったおめでたい場面に遭遇すると、やはり嬉しい
気持ちになりますね。

この赤羽八幡神社は、エイターの聖地である他にもう一つ
特異な光景を目にする事ができます。

それは、

高台にあるこの神社の真下を、各種新幹線や在来線が
走っているため、鉄道ファンにも人気なのだそうです。

神社に由緒書きを見ると、時の流れに翻弄され続けて
今の形になっている事が記されております。

しかし、関ジャニファン、鉄道ファン、どのような嗜好からくる
ものであれ、多くの方が集う様になっている事は事実です。

それこそが、この地の、いやこの地の神様の重要性を
物語っているのだと思います。

私は、この地に縁を頂くにあたり、

【天河の五十鈴】

【3というキーワード】

【そこから派生した8】

【8から∞】

から辿り着きました。

どうやら、大きな意味が込められているから故に、辿り着かせて
頂けたようです。

その一端を、昨夜理解する事ができました。

実は最初画像を頂いた、

こちらの五十鈴をお持ちの方とお会いし、実物を拝見させて
いただく事ができたのです。

この五十鈴は、その方が天河神社の神楽殿が完成した
際、3年に渡って奉納演舞をされた時に用いられたものでした。

恐れ多くて、触れさせていただくことはご遠慮しましたが、
その五十鈴は、想像以上に大きく、静かに鎮まる大いなる
力を有しているように感じ、その近くにいるだけで鳥肌が
立つほどでした。

その方は、とにかく私は今までお会いした事のないような方。

何気ない会話の中に含まれる、様々な繋がるメッセージを
受け取らせて頂きました。

自分が何者であるのか。

何のためのこれまでで、何のために今があり、そこにいるのか。

本当の感謝とは。

私が知っているそれらの事は、ほんの、本当にほんの一端
にしか過ぎない事を知りました。

宇宙規模という概念とその捉え方。

星一つくらいの規模でしか捉えていなかったようです。

無限大とは、果てしないという世界。

しかし、それは進む、あるいは戻るだけの一方通行の世界
ではなく、∞のマークが示す通り、必ず元ある場所に戻って
参ります。

無限大のマークの中心からスタートすれば、右に進もうが左に
進もうが、必ず同じ中心に帰って参ります。

中心、はじまりは、何もない所から、何かが最初に生まれ、
そこから派生していった。

その最初に生まれた力も、派生していった力、そのさまざまな
力を神と言い、神道では八百万と称します。

生まれ、そしてまた生み出されて、どんどん派生していったその先
に私たちがいる訳です。

であれば、巡り戻るとすると私たちも最初の力、神に行き戻ります。

ですからやはり私たちは、神の分霊(わけみたま)であるのでしょう。

昨夜、わかってはいたような、

【この神の分霊(わけみたま)である】

という概念が私に落とし込まれました。

その為に様々なご縁を頂いてきたのだと思います。

その方は、私を、

【ある存在の分霊である!】

と言われました。

そう繋がるこれまでが確かにあるのも事実です。

まずは明日、弘法大師空海様が、宇宙観を表した
高野山に身を置いて参ります。