防災の日 砥鹿神社

防災の日 砥鹿神社

今朝は半袖では少し肌寒く感じる程の
心地よい空の下、お朔日参りをさせて
頂きました。

*砥鹿神社お朔日参りについては、
こちらを!
*月に一度の早朝の神社参拝です。
是非皆様も、ご参列なされませんか?

そのお朔日参りに出発する際、車のKeyをOn
にすると、カーナビからこんなアナウンスが
流れてきました。

「今日は9月1日木曜日、『関東大震災記念日』です」

【記念日】

という言葉は、ネガティブ的な要素に用いられる事が
少ないため、若干の違和感を感じました。

しかし本来、

【記念】

という言葉の意味は、

【忘れないように思いとどめておく】

という意味です。

関東大震災記念日は、

【震災の記憶を薄れさせる事のないよう、
防災意識を高めていく目的】

として制定されています。

近年では、この9月1日は、

【防災の日】

と名付けられています。

【防災】

には、

➀発生した(しうる)災害に対し、被害を最小限で
食い止める。

②災害事態の発生を未然に防止する。

この二つの対策が必要であろうと考えます。

➀の対策は、飲料水など避難道具の準備や、避難経路、
避難場所の把握、地震であれば耐震補強工事など。

②の対策については、意図的な破壊をしない、という事が
大切であると思います。

例えば人間関係で言うと、ある人物に理解しがたい行為や、
恨みを買う様な行為を自らがしてしまったとします。

その行為を受けた人物は、反撃に転じてくるかもしれません。

反撃に転じてきた際に身を守るために、例えば護身術を習う
という事も防災的な対策であるかもしれません。

しかし、反撃をするための理由を作りさえしなければ、災いが
自らに降り注がれる事はなかった訳です。

とは言え、何の関連性にもないにも関わらず攻撃(災い)を
被ってしまう事もあるため、その対策として護身術を習うと
いう事も意味はあるわけです。

【防災=災いを防ぐ】

その理想論は、

【災いを0にする(全くなくしてしまう)】

というものですが、それは今の地球上においては不可能と
言える事でしょう。

ですから、現実的には、

【防災=災いをいかに最小限にする事ができるか】

という事になります。

自然を、

物を、

命あるものを、

人々の心、

それらを意図的に破壊する事態が減るならば、確実に
災いは最小限の世界へと近付いていきます。

発生しうるであろう、災害への準備と共に、自らの中に
何かを破壊していないだろうかと問いかけてみる。

破壊とは、傷付けるという事。

私は、

自然を、

物を、

命あるものを、

人々の心を

傷付けていないだろうか。

そんな優しい心が結集する、1日となればと思います。

この月もどうぞ宜しくお願い申し上げます。