今朝は少し肌寒く感じたものの、心地良い
空の下、お朔日参りをさせて頂きました。

*砥鹿神社お朔日参りについては、
こちらを!
*月に一度の早朝の神社参拝です。
是非皆様も、ご参列なされませんか?

今日は、3名の方が初めて参列下さいました。

それも、知多、浜松という遠方よりお越し頂き、
嬉しい限りです。

中々距離があって大変かと思いますが、今後も
可能な範囲でご一緒できれば幸いです。

昨夜は、NHK大河ドラマ【直虎】の眠る、浜松市の
龍潭寺で行われた、夜の座禅会に参禅させて頂き、
至福の時を過ごさせて頂きました。

座禅終了後に、住職がある禅語を紹介下さいました。

その頂いた言葉は、

【放下着(ほうげじゃく)】

簡単に言えば、

【全てを捨ててしまえ!の意味です】

私たちはそれぞれに、

【器(うつわ】

と呼んでいるものを所有しています。

その器は、時に、

【大きい、小さい】

という言葉で表されます。

よく、

【器の大きな人間になろう、なりたいんです】

というご相談もお受けいたします。

しかし、器を大きくしようなどと思う必要はありません。

心掛ける事があるとするならば、それは、

【器は綺麗にしておくこと】

器の中に入っているものを綺麗にするという訳では
ありません。

ここでいう、器の綺麗な状態とは、

【器の中が空である】

という事。

器の中に、綺麗なもの、そうでないもので満たされて
いた場合、そこに新たに何かが注がれようとしても、
それは零れ落ちてしまいます。

例えそれが綺麗なものであったとしても、零れ落ちて
しまうのです。

常に器は空にしておく、いつでもそこに何かが
注がれても良い状態を自らが作っておく。

ただそれだけでよく、その器は磨いておく事を
心がける必要さえないのだと思います。

ただ、

【空(から・くう)であること】

【放下着(ほうげじゃく)】

という禅語の

【捨ててしまえ!】

という意味はそんな事なのではないかと思います。

そんな事を昨夜、今年度上半期の最終日で感じて、
それなりに捨ててしまった上で(笑)、今日、今年度
下半期の初日を迎え、お朔日参りに初参列された
皆様もご一緒に、一日参拝の旅をさせて頂きました。

気の良い方々と、気の良い地に赴くと、そこで更に
気の良い方々に出会います。

その気の良い方や、気の良い地には、己の欲望を
満たしたいが為だけのエネルギーは存在していません。

気の良い方や、気の良い地は何よりも安心感を与えて
くれます。

まっすぐに天に向かって伸びゆく木々や、穢れ無き美しい
水がそこにあるのです。

そこで届けられるのは、ただ根拠も何もない

【大丈夫!】

というメッセージ。

言葉からだけの力ではなく、何故か、

【大丈夫!】

という安心感を感じる、与えてくれる人や、ものや、場所、
それらは、自分自身の行動によってのみもたらされます。

行動によって繋がる全てのご縁は、どこか異なる世界で
私たちを守る存在が必ずサポートしてくれています。

そのサポート体制は、全ての方にとって万全です。

そう信じ、そう向かっていった先にある辿り着く地点は、

【何があっても大丈夫!】

という境地。

せっかく用意されているものを、嫌だから、申し訳ないから、
忙しいから、その時じゃないから、そんな理由で受け取らない
事ほどもったいない事はありません。

何かを頂けるのであれば、ありがたく、感謝を持って
頂きましょう。

【器の大きさや、綺麗さは問題ではありません。

その器は空(から・くう)であるか否か】

です。

この月もどうぞ宜しくお願い申し上げます。

今日、砥鹿神社で示されたお言葉は、

【神恩感謝】

10月は、

【神無月(かんなづき)】

と呼ばれます。

間違っても、

【神様のいない月ではありませんよ】

そう表されている中で、いかに

【神恩感謝】

を感じられるか。

それを試されている月と言っても良いでしょう。

ですから、繰り返しますが、決して、

【神様のいない月ではありません】

逆に、

【より多くの神様とご縁を頂くに最適な月】

であると思われて下さいませ!


☆彡この地は、今日訪れた龍の棲まう、美しい場所☆彡