この話はちょうど1年前に遡ります。

いや実際には、もっと遡る必要があるのかも
しれません。

昨年の5月、鹿児島県の知覧方面にご縁を
頂きました。

知覧は陸軍特別攻撃隊、いわゆる特攻隊の
基地が置かれていたことで知られています。

この時はツアーで参りました。

知覧特攻平和会館の拝観を終え、出発してほどなく、
バスから風景を眺めているとある立て看板を目に
しました。

そこには、

【豊玉姫神社】

と書かれていました。

豊玉姫は古来より海の神、水の神、安産の神として
崇拝されている神様です。

この神社はツアーコースに含まれている訳ではありません
でしたから、その看板を見ただけで参拝のご縁は頂いて
おりません。

そのツアーから戻ってある方が、知覧に行かれるという
事で是非ご参拝をとおススメもしたものです。

昨年の6月1日、奈良県の丹生川上神社下社の例大祭
参列に合わせ、天河大辯財天社に参拝させて頂きました。

天河ではいつも御神籤をひきます。

そこに記されていた内容の一つは、

【豊玉姫命を信じるべし】

であったのです。

昨年はそれ以降毎月天河に、ご縁を頂いておりました。

その、

【豊玉姫】

というキーワードはいつもどこかにあったのですが、
この神様をまつる神社はさほど多くないため、大きな
繋がりを頂いているという感覚は然程ありませんでした。

先日6月3日に、奈良方面に参拝するご縁を頂きました。

その際、奈良県宇陀市にある、

【龍王ケ淵】

という地にご縁を頂きました。

ここの池には龍が棲まうともいわれ、古くから貴重な水源、
信仰の地として大切に守られてきた池があり、風が無いと
鏡のようになった水面に周囲の山を映すことからカメラマン
に人気のスポットとなっています。

ただ非常に道が狭いため、特に土日などで大型ワゴン車や
バックでの運転に自信のない方はお車で行くことは避けた方
が良いでしょう。

この日は少し風があったため、水面に映る美しい光景は
望めませんでした。

この池のほとりには、

【堀越神社】

が鎮座しております。

この神社のご祭神は、

なんと、お会いしたかった

【豊玉姫命】

だったのです。

この日は、櫛玉比女命神社で念願の御神像を拝する
ことが出来たり、丹生川上神社中社で宮司様より、
大変意味あるお話を賜ったりと非常に意義ある
参拝となりました。

私は毎日氏神様参拝をしているのですが、5日の
火曜日の夕方参拝した時の事。

境内外で、吠え叫ぶ様な犬の鳴き声が聞こえて
参りました。

参拝を終え、その鳴き声のある方向へ向かうと年配の
女性が、柴犬と思われる二匹のワンちゃんのリードを
握っておられました。

よく見るとそのワンちゃんは、ハンドボール位の大きさの
黒っぽい物体に向かって懸命に吠えているのです。

その物体はよく見ると、


【亀】

だったのです。

散歩中のその女性曰く、神社を1周したのですが、1週前
にはそこに亀の姿はなかったそうなのです。

直ぐ横には側溝があり、車に轢かれても・・・しかし、二匹の犬
のリードを握っているし・・・と困っていたそうです。

とりあえず、その亀は水辺まで連れて行きました。

家に戻り、ふとある事が浮かんできました。

豊玉姫命は、浦島太郎、竜宮城伝説に登場する

【乙姫様】

と同一視される捉え方もあります。

すると、

犬に吠えられていた(いじめられていた)亀を助けた、
(実際に水辺にお連れしたのが助けた事になるのかは
分かりませんが・・)

という、まるで浦島太郎の話に似た世界を体験したの
ではないかと。

天河でひいたお御籤は全部保管してあるので、このブログに
画像をアップしようと思い、

【豊玉姫命を信じるべし】

と記されたお神籤を探してみました。

しかし、何故かそれが見つからないのです。

すると、驚くべきことが訪れます。

6日の午前中にお越し頂いたお客様が、クリアファイルを
お持ちでした。

そのお客様は、先日天河にもご一緒しましたので、その際
ひいたお御籤の内容を聞きたいという事でクリアファイルに
入れてお持ちになられたのです。

その御神籤は、

私が探していたものとまさに同内容のものだったのです!!

昨年天河で宮司様より御神籤についてお話を伺った事が
あります。

【ここでひいたお御籤は八つ折りにして、日付、名前を
記入しておきなさい。

そしてそれを財布に入れておき、又参拝時にひいた際
も同様にし、数が増えて来たらノートに貼っておきなさい。

すると、それまでの流れがわかるから】

と仰って下さり、ご縁のある方にはその旨お伝えさせて頂いて
おります。

昨年の

【豊玉姫命を信じるべし】

と記されたお御籤は、こうして今年まで繋がっているのです。

全ては、繋がっているのです。

その繋がりこそが、

【縁(えん)】

というもので、それは得るものではなく、授かるものだからこそ
そこに敬意を込め、

【ご縁(ごえん)】

という言い方をすると良いわけですね。

【神社仏閣を参拝しても、願い事が叶わない!】

【特段良いことが起こるわけでもない!】

そう思われる方もおられるでしょうね。

目の前に良き事と思える出来事が起こったとしましょう。

実はその良き事は数年前に、あるいは私たちのご先祖様が、
遥か以前に想って下さったことが、結果今訪れたのかも
しれません。

出雲大社に行き、

【良縁祈願】

を行い、数カ月内に出会いがあれば、

【神様っているんだ!神様って凄い!!】

となるでしょうね。

しかし、出雲大社でその祈願をしたのが数十年前で、
今出会いが訪れたとしても、

【出雲の神様のおかげで】

とは思いにくいものですよね。

しかし、その十数年後の出会いも出雲での祈願が
あったからこそなのかもしれないのです。

必要なるご縁は決して途切れることなく繋がって
いくのです。

亀を助けた私が(笑)竜宮城に行けるのかどうかは
分かりませんが、仮にそこに辿り着き、玉手箱を
頂いたとしたら、その意味は、

【興味本位でそこにあるものを見て知ろうとする
のではなく、ただ観じる力を養う事】

【仮に開けたとしても、自分だけのものにしようと、自分だけで
見ようとしない事】

であろうと思います。

【縁(えん)】

という言葉を使われる方が私の周囲には増えてきて
いる気がします。

これからはそれを、

【ご縁(ごえん)】

と言う事としましょう。

目には見えない、ご縁を司る遠大なる歯車がゆっくりと
動き始める事でしょう。

17日は、これも念願の宮島の弁財天御開帳のご縁を
頂きます。

どんな繋がりの発見があるのか、楽しみで仕方
ありません。